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Macbeth

2019/2/18

Macbeth
高い地位にある人を死へと導く特別な不幸からの「激変(convulsion)」

私がマクベスを読んだのは小学校の時である。
一時期、シェイクスピアにはまり全てを読んでいた時期であった。

そしてムロリンからの出会いで知り合った棚橋 幸代 (棚橋幸代)さんに出会いマクベスの舞台に行くことに。

正直、日本人が描くマクベスはどういうことであるのかという好奇心と久しぶりの舞台を拝見できることで行くことになった今回。

私は疲れている。
いろんな意味で。

まず一つ、マクベスの小説では涙を流せなかった場面に涙をしたことに。
そして雲のような舞台の設置が場面よって骸骨に見えたり、悪魔に見えたりする演出。
見逃せない、場面場面の衣装と照明に音楽。

マクベスが悪の人に少し強く描いていたことに。(あくまでも個人の感想)

そして最後の役者のみなさんの姿に恥ずかしいながら何度も涙を流したことに疲れてしまった。

【激変】を起こす原因は道徳的(悪)の断定からである。

悪が主人公の意識を破壊することにより、起こる混乱と激動の不幸を醸し出す[激変]

その激変を克服するための苦闘が主人公の闘争に表示される。
それは内面的である同時に表面的な闘争でもあると思う。

シェイクスピア悲劇の主人公はマクベス以外のすべて善人になりがち、だけどよく考えてみたらみんな人殺しでもある。

マクベスも悪行を犯すが、その本来の人間性は他の人と同じく善人であることは否めない。

シェイクスピアの悲劇は、良い主人公が悲惨な死を迎えること、結末になるのが本質であると私は思う。

だから好きだった。

だから私はこの舞台で涙を流しました。
いろんな人間の欲望に。
それをわからなくない自分に。
だけどそうしたくない自分に。

善と悪は紙一枚で過ぎないかもしれない。

だけと私達が同じく一緒に涙を流し、笑顔になるその時は一緒であることを信じようと。

また久しぶりにシェイクスピアの本を読み返したくなる夜。

そしてさっちゃんの本心の演技にまだまだ私がんばろうと思う夜であります。

人生、死の前では全て虚しいかもしれないが
人に感動を与える人は素晴らしい。

She should have died hereafter.
There would have been a time for such a word

Tomorrow, and tomorrow, and tomorrow.
Creeps in this petty pace from day to day.

To the last syllable of recorded time.
And all our yesterdays have lighted fools.

The way to dusty death. Out, out, brief candle!
Life’s but a walking shadow, a poor player,
That struts and frets his hour upon the stage.

And then is heard no more. It is a tale.
Told by an idiot, full of sound and fury,
Signifying nothing.

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