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photo essay14

2016/12/10

107669_071

 

photo essay14

「見ていてみていなかったもの」

 

photo by min 
write by min

 

見慣れたもの頭に体に安定感を与える。

見慣れたものの中にいる時に私たちは考えるもしくはいつもの行動や考え方のバターンを一定の動きで流してしまう傾向がある。

慣れと不慣れの差は今の自分から変えたいそして変わりたいという意志からうまれるものである。

私たちが大範の一日を過ごしている空間の中には変化のないようで常に時間によって天気によってそして自分達の意志によって変わることの中で一つで光であると考える。

窓際からふり注ぐ自然光も静かに流れてくるブルー色の曇りの光も、光は常に存在していて私たちの見方によって変わっていく。

それぞれが見てその光を表現できる度具として私たちはカメラを持ち、数値的に露出や光の方向、そして場所を選び被写体を立たせている。

日がふりそそぐだけで綺麗な光が目に見える午前中であればそれなりの綺麗な写真を作ることができるし

、いつものように私たちは被写体を窓際に立たせふんわりとした写真を作っている。

だが午後になり、光が赤になったり、

夜になり光の明暗がぐっきとなることによって自然と撮影者は暗くない写真を残す為に夜の撮影を楽しむよりも客に避けていきたい撮影として考えてしまう。

そしてまた全ての照明をつけ、見慣れて環境を作りその中に自分の身をおきながら安定を選んでしまうのである。

暗闇があれば光がある。

影があるところには必ず光が存在している。

夜の暗闇であるからこそ本の少しに光も力を持っている。後ろに見えるネオンサインもどっかの窓からもれているわずかな光の明るさも全てラインをを作り絵を描いていると

自分がはじめてフィルムカメラを持ち、昼でも夜でもそのカメラで街の風景をファインダーで覗きながら感じていたことを思い出した。状況が変わっても私は変わろうとそう簡単に思っていなかったこと。そして全ての電気を消しただ1つの照明で暗闇と光のはっきりしたお互いを存在を残そう、そしてその光は後ろの背景にも被写体の顔のラインにも全ての線に面に敏感に反応していくだろうと。

その瞬間を作り、残すことが私の一つの安定の枠と壊すことであると考えた。

自分がいつもみていたその風景、その感覚を何故忘れかけていたのか。

そしてスタジオでの撮影をしているのも私であるのにもう一度夜の光が持つ魅力を見ようとしてなかったこと。

それは安定な枠から離れたくないという不安といつもの慣れでで流れていてしまった自分の怠けさであること。

もの事を鋭くみるということは知らなかったことを知ることでもあるが知っていながら現実の自分と繋げていくことが出来なかった分離されていることを繋げることでもある。

光以外にも、写真以外にも私たちは色んな事の枠に自分自身を閉じ込めているのではないか。

さて次はどんな枠で私は慣れという安定にはまっているのか。

自分とその環境条件をもう一度考える。

彼女の鼻のラインが好きだった。いつも落ち着いていてやさしい笑顔の中に繊細な横顔のラインを持ってりう彼女の一番の魅力を引き出すこと。

今までの光を見る方向を逆にし、今まで見えていながら見えなかったことを一つとして

最小限の光で思いっきりの光で影と光で作るラインで彼女の魅力を引き出す。

 

 

 

 

 

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