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photo essay 12

2016/4/3

197641_106

 

photo essay 12

photo by Min
Write by Min
節制した表現

センセーションを起こす為には
やっぱり自分自身も他人のセンセーションに寛容にならなくてはならない。
世の中、何かが違うと、その何かを変えたかったが思いも寄らず自分が変わってしまうことにならにように人はその他の価値を見つめ、受け入れることから始まる。
それぞれが自信を持っている分野では安定の線を保ちながら各自のノウハウで表現しながらお互いを刺激していく。
刺激を受け入れる自分のノウハウを持っているということは自信にも繋がるのだろう。
写真に対する愛着者は写真に関しては見慣れてないより保守的ではなく開いている視野とマインドで
いいものを探し自分と繋げることは誰でもできるがそれをより確実な一つの価値として共有していくことは中々難しいことである。

.withは一つの空間にすべてが詰まっている。自然光がふりそそぐ空間、可愛らしい空間、ビンテージー、緑、モニター室、トイレ、写真を分類している作業の場所まですべてがつながりオープンされている。
空間の固定観念やインテリアにこだわってしまうとそんな多いバターンの写真を生み出すのは難しい空間である。
そんな狭い空間に数多い要素が詰まっている。1年間.withを変えてみたが何かを変化するためには何かが乏しいから出すことから変化を起きると考えていた。何か足りないと思う写真にはその何かを加えて、何がないと思った空間にはその空間を埋めるためのその何かを探す。
そして1年が過ぎた今。お腹がいっぱいになった状態で何がどう問題であるのかが見えなくなっている。
今の.withには何かから一つずつ抜いていく必要がある。より簡潔によりシンプルに。
基準を決めてそれを表現して規定していくことはもしかしたら欲を減らす引き算に似ているかもしれない。妥協はやめよう。

photo essayを含め文章を書くことに怠けていたこの頃、彼女の可愛いらしい顔のラインとまっすぐな柔らかい髪の毛はただシンプルにそのラインを表現していく為の最小限の光とトリミングであればいいと思った。
私は基本もっとちゃんとやりたいという欲求が大きい反面、尻が重いせいで自分の理想と現実のギャップに負けてしまい、途中で諦めることが多い。
その一番の原因は自分がちゃんとできる範囲を超えている欲求に気づいてなかったかもしれないとこの写真をみて思う。
彼女がもっているそのままの魅力を最小限の表現で最大限に表現すること。
もっといいアイデアではなく、自分の欲を捨て彼女の美しいラインをまっすぐみ見つめ気づくこと。
そして与えられた条件を自由に使うこと。そのために技術は存在している。
私にもう一度引き算の必要性を気づかせたくれたこの写真はまだ私の中でのセンセーションである。
だがただイメージだけが可愛い写真、可愛いコーディー、綺麗な空間、可愛い被写体でなく、撮影者の中にあるその何かを動かした一つの意味を持った写真はその写真とともに文書としてもう一度写真を表現しなければならない。
それこそがより確実な一つの価値として共有していくことに繋がっていくのだろうと信じる。
数多い情報や好みの作品などをいつも探して吸収しながら準備できている状態で撮影者は人に出会い、レンズを通して人を見つめ、シャッターをきるそして思いや撮影後に見えてくる自分自身を写真を文章で表現すること。
別のもっといい方法が無い限りこの作業は私自身のセンセーションであり、.withそして写真と文章を読んだその誰かがまた新しい視線で自分や相手を見つめることができると信じている。

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